神様は気にしなくていいと宗教に対しては否定的〜平静心の快楽主義者「エピクロス」

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プラトンの弟子から哲学を学んだ快楽主義者エピクロス

快楽主義を唱えた哲学者、エピクロス(紀元前341年〜紀元前270年頃)。

エピクロスは、アテナイ市民の両親のもと、エーゲ海のサモス島に生まれた。

プラトンの弟子から哲学を学んだエピクロスは、紀元前306年にアテナイに移り住んだ。そのアテナイに学派「エピクロスの園」を創設した。

ポリス(都市国家)の崩壊によって不安な日々を過ごすことになったギリシア人

エピクロスが生きていた紀元前300年頃、世界の多くの国家が崩壊し混乱を極めていた。

マケドニア王国のフィリッポス2世がギリシア全土を支配し、息子のアレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)がペルシア(現在のイラン)やエジプト、最終的にはインドの一部と大侵略をし大帝国を創り上げた。
アレキサンダー大王(アレクサンドロス3世)は、アリストテレスの教え子であった。

平和にのんびり過ごしていたギリシア人にとって、突然の混乱。拠り所であったポリス(都市国家)の崩壊によって不安な日々を過ごすことになったのである。

その時に生まれた学派が、「快楽主義」のエピクロス派と「禁欲主義」のストア派である。

エピクロスの快楽主義とは、精神的な快楽や平静な心の状態を指したものである

エピクロスの快楽主義を説明しよう。

「気持ちいいことをして楽しく生きよう」というのが「快楽主義」で、人間の欲望を肯定するものである。

しかし、決して物欲や性欲などに溺れることを推奨するものではない。一過性の快楽ではないのだ。
心の中の精神的な快楽であって、いたって普通の慎ましい平静な心の状態を指したものである。これをエピクロスは「平静心(アタラクシア)」と呼んだ。

エピクロスが快楽主義を唱えたのは、時代背景を考えてみると胸が熱くなるのではないか?当時のギリシア人はポリスの崩壊によって平常心を保てなかったでしょうし、死が隣り合わせだったのかもしれないのだ。

事実、エピクロスは哲学者デモクリトスの「原子論」を用いて、「私たちの魂も原子でできている。死んだら原子に戻り、精神的にも身体的にもなにも感覚がなくなる。だから死を恐れるな」と説いている。

真の快楽は友愛だ

エピクロスは、宗教に対して否定的なことで知られた。それは神については「全知全能の神様がいれば、人間をいちいち気にかけない。だから人間も神様を気にする必要はない」と言っている。

多くの批判を受けたが、少数の信奉者をエピクロスは惹きつけた。そしてエピクロスは彼らを本当に愛した。エピクロスは「真の快楽は友愛だ」という言葉を残しているところから伝わってくるだろう。

隠れて生きよ。〜エピクロス

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